今月の音声心理士#6:須藤慶子さん

聞き手・本文/北村昌陽(フリーランスライター)

2026.09.01

――声診断に興味を持ったきっかけを、教えていただけますか。

須藤慶子さん(以下、須藤)私は、16歳の高校生の頃から、いろんなところで歌を歌ってきました。

どこかで一回歌うと、聞いた人から、「うちのバンドで歌って」って誘われて、次はそっちで歌う。そんなパターンを何度も繰り返して、いろんなバンドを渡ってきたんです。

最初は学生バンドだったけど、大人になってからは、プロのミュージシャンからもお誘いを受けるようになって。

――へー、それはすごい。

須藤それで、「自分の歌に何があるんやろ?」って。ずっとそれを知りたいと思ってきたんですよ。

あと、私の歌を聴いた人は、みんな、何かをやりたくなるんです。自分で何かを始めたくなる。

だから、私のライブにはもう来なくなっちゃって(笑)。それよりも、自分で何か活動を始める。なぜか、そんな人がすごい多くてね。

――へぇー。

須藤例えば、自分も介護施設で歌い始めるとか。そういう人は、いっぱいいました。

あと、私が定期的にライブをやらせてもらっていたスペースがお花屋さんだったんですね。そこの娘さんがそのころ高校生で、私がそこで歌い始めてから、ピアノを習うようになって、最終的に声楽のソプラノ歌手になりました。

――うわ、すごい。何なんですか、それは。

須藤ねー、ほんと、不思議なんですよ。

そんなことがいろいろあって、声って面白いな、不思議だな、何が起きてるんやろ?って、ずっと思ってたんです。

そうしたら、6年ぐらい前だったと思うんですが、偶然、「日本声診断協会」っていうロゴを見つけたんですね。

声の診断?何やろ?思って、早速検索したら、中島由美子先生のサイトに辿り着いた。

それで、由美子先生に連絡してみたら、セッションしてくれるっていうんで、じゃあお願いします、と。

それで、zoomでセッションしてもらった。それが最初の出会いです。

――ほぉ、すごい展開ですね。それで、セッションでは何と言われたんですか?

須藤それがね、私の声は、12色ある音声成分のうち、イエローとゴールドの2色ばかりが出ている、すごい極端な波形だったんですよ。

音声心理学的にいうと、イエローはカリスマ性。ゴールドは信念。どちらも、強烈に人を惹きつけるエネルギーですよね。

だから、「あなたの声を聞くと、みんな何かに気づいてやりたくなっちゃう。経典と一緒です」って言われたのを覚えてます。

――声が、経典と一緒。それはまた、すごいですね。

須藤いや、でも、言われたときは、ショックでしたよ。

――え、そうなんですか?

須藤だって、私はこんなに自由に気持ちよく歌わせてもらっているんだから、歌を聞いた人にも自由であってほしいって、私はそう思っていたのに。

経典っていう言葉が、こう生きなければならない、みたいなイメージに思えたんですよ。そしたら、自分の声はそんなことを伝えていたのか、なんか嫌やなぁ、って。

それで、歌を聞いてくれた人に、何か恩返しをしたいって思った。私が聞いてもらうばかりじゃなくて、何か、お返しがしたい、と。

それで、音声心理士になったらそういうことができるかも、って思って、講座を受けることにしたんです。

「八億円の借金」が教えてくれたこと

――そもそも須藤さん、お仕事は何をされているんですか?

須藤私は、祖父の代からやっている土木会社の経営をしています。家族経営の会社に、父の後継者という立場で入った形です。

大学を出てすぐに入社。そのあと結婚して、今は夫が社長。私は常務取締役という立場です。

その傍ら、ジャズボーカリストとしてライブ活動をしています。

さらに2022年からは、音声心理士の資格をいただいて、声診断の活動もスタートしました。

ジャズシンガーとして、今でも年に6回ほどステージに立ちます。

私が結婚したのは、バブルの絶頂期だったんですよ。関係者の方々に大勢来てもらって。ものすごい豪華な式を挙げさせていただきました。

でも、その直後にバブル崩壊。4、5年も経つうちに、みるみる経営が傾いていって。気がついたら、借金が八億円にもなっていた。

――八億、ですか…。

須藤まず、バブル期に父が買った土地が暴落した。それから、土木工事のための設備投資にも、何億という借り入れがあった。

さらには、バブルが弾けたら周りがバタバタと倒産し始めて、負債がうちに回ってくるようになってね。

そういうの全部合算すると、最大八億円まで行きました。もう、いつ会社が潰れてもおかしくない状況で。

そこから10年ぐらい、死ぬほど働きました。ちっちゃい子供が2人いて、借金まみれで。

で、まあ、そのころは、親を恨んでましたね。なんで土地なんか買ったんや、って。

銀行を恨み、バブルを恨み。世の中のせいでこんな酷いものを背負わされた、って思っていました。

――うーん。まあ、そうなりますよね。

須藤だから、会社だけやってたら、私の人生、行き詰まっていたかもしれない。

私には「歌」という世界があったから、いろんなものを歌で出して、解放させてもらっていたんだと思います。

それは本当に、ありがたいことです。

――なるほど。

須藤で、まあ、当時は、借金=嫌なものを背負わされた、としか思えなかったんですけど。

今では、世の中がお金をここに集めてくれたから、会社が成り立ったんや、うちらは生かしてもろたんや、って思えるようになってきたんですよ。

――へー。すごい変化ですね。

須藤そう。音声心理学を学ぶようになって、なんか、お金っていうものの捉え方、価値観が、ガラッと変わってきたんですよ。

私はもともと、お金って大っ嫌いだったんやけど、根本からひっくり返った感じ。

――何か、きっかけはあったんですか?

須藤うーん、まあ、何か単独でこれのおかげ、って言えるわけではないですが…。

ひとつ印象に残っているのは、由美子先生から、「歌手っていうのは、もともとたくさん“もらってる”人なんですよ」って言われたことがあるんです。

――ほー。

須藤やっぱり、声援とか、応援してくれる人がいないと、いくら歌が好きって言っても、歌いづらいものでしょ。

だから、そういうのを出してくれる人に支えられて、歌ってる。

ただ、そうやって言われたときは、私は、自分が“もらってる”なんて、思っていなかった。

だから、最初は「えっ?」って、意味がわからなかったんです。

私は若いころから、バンドに誘われて歌うばっかりだったので。むしろ、頼まれたからやってあげてる、歌ってやってる、ぐらいに思っていたんでしょう。

だけど、よく考えてみたら、確かに、もらってるんですよ。皆さんに聞いてもらって、応援してもらって、と。私の方がよっぽどいっぱい、もらってるじゃないか、って。

それは、確かにそうだなー、って思えた。

――なるほど。

須藤で、そのことに気づいてから、あれ、実は会社の借金も、もらってるんだわ、って。

だんだん、そんなふうに思えるようになってきたんですよ。

会社も、私にとっては、元々あったもの。たまたま親が社長で、社員さんがいて。

最初は、私がやってあげる、継いであげる、ぐらいの意識だった。兄弟は、私の下に妹がいるだけだったから、私が継ぐしかなかったし。

で、その意識だと、借金は、嫌なものにしか思えなかった。

でも、実はそうじゃなくて。

その八億っていうお金がなかったら、うちの会社はやれてなかったわけですよ。それだけのものを与えてもらってるんや、世の中から生かしてもらってるんやって。そんな捉え方が、ふっと腑に落ちたんですね。

――へー。すごい。

ってことは、歌を通じて得られた“もらってる”という実感が、ある種のモデルケースみたいになって、それをベースに、お金の捉え方もひっくり返った、ということですか。

須藤そうそう。まさに、そんな感じ。

だから、そういう意味でも、歌がなかったら私は、自分がなんのために生きてるのか、とか、全然気づけなかったんだと思います。

声診断で、家族のコミュニケーションが変わった

娘の梨乃と。2025年、スリランカのシーギリヤロック登頂後。

――ところで須藤さんは、娘さん(須藤梨乃)も音声心理士ですよね。

須藤そうなんです。彼女は私が音声心理士になったあと、私に何も言わないで、自分で講座に申し込んでいたんですよ。あとで事務局の方から連絡が来て、えーそうなんや、って初めて知った(笑)

――へー、そうだったんですね。

須藤それで、娘の心理士講座の講師は、私がやったらいいよって先生に言っていただいたので、私が担当して。

それから、すごい数のセッションを、お互いにやりました。

セッションの中で、「何歳のとき、あんなふうに言われてショックだった」とか、そういう話がいっぱい出てきたんですよ、私としては、ちょっと忙しかったからつい言っちゃった、ぐらいのつもりでも、子供からしたら、大きなことだったんやな、って。

そんな話をたくさん聞かせてもらって、ごめんねって謝って。

そんな機会って、通常の親子ではなかなかないと思うんですよ。だから、めっちゃありがたかったです。

あと、夫や息子のセッションも、やらせてもらってます。

声診断のおかげで、うちの家族のコミュニケーションは、すっかり変わりましたね。

――うわー、素晴らしいですね。

須藤あとは、うちの社員にも、福利厚生の一環のような感じで、声診断をやってるんです。

面白いのが、土木作業の役割によって、声の波形が違うんですよ。

――へー、そうなんですか。

須藤矢板打ちっていう作業があるんですね。河川工事とかで、地面が崩れないように、土の中に鉄の板を打ち込む作業。これは3人1組で、三つの役割を分担するんですね。

「サイレント」が、鉄板を圧入する油圧重機のオペレーター。「クレーン」は、高いところから全体を見る人。そして「手元」は、鉄の板を実際に手で支えたり、土を退けたりする。

サイレントのオペレーターが全体に指示を出すんですが、このポジションの人は、たいていネイビーが強いんです。判断能力に長けている感じ。一方、クレーンは、全体を俯瞰してバランスをとる役で、ここの人は波形も全色がバランスよく出る。そして手元は、けっこうな力仕事。ここの人は、ゴールドイエローなんです。

――ほぉー。めっちゃ面白い!!

須藤この間入社した新人の子がいて、波形をとらせてもらったらネイビーがすごい出てて。この子はきっとサイレント向きやねって、私は勝手に思ってるんやけど、どうなるかな(笑)。

――へぇー。興味深い話をたくさん聞かせていただき、ありがとうございました。