今月の音声心理士#2:松原 三佳さん

聞き手・本文/北村昌陽(フリーランスライター)

2026.05.01

――松原さんは、音声心理士になってどのくらいですか。

松原三佳さん(以下、松原)資格をいただいたのが2025年の3月ですから、1年ちょっとですね。音声心理士としては、まだ全然駆け出しです。

――1年やってみて、いかがですか?

松原最初は無料モニターさんを募って経験を積むのがいいと教わりましたので、100人までは無料でセッションしようと思って、少しずつ取り組んできました。

おかげさまで、12月に100人に到達。その後は、知人が開いているマルシェで出店させてもらったり、小学校で教師をやっていたころの教え子たちに受けてもらったりと、徐々に広げているところです。

――ほー、松原さんは小学校の先生をされていたんですか。

松原はい、大学を出てから、2年ほど前に退職するまでずっと、教員一筋でした。担任を持って、子供達に教える仕事は、すごく楽しかったです。

ただ、ちょうどコロナの頃に教務主任になったんですが、あの頃、学校の中が本当に大変で。例えば、3月に急に休校になって、卒業式や入学式のやり方を全く変えなきゃいけなくなったんです。でも、誰も、どうしたらいいかわからなくて、いろんな人がいろんなことを言ってて。私は結局、入学式のプランを7回も作り直しました。

あと、担任を持っている先生がコロナで休むことも多かったんです。そうなると、そのクラスに私が入るんですが、教務主任と兼務ですから、本当に朝から晩まで休みなしになってしまって。

――わぁー、それは大変でしたね。

松原あと、プライベートでも、ちょうどその頃、離婚してシングルマザーになりました。2人の娘は高校生と大学生。お金のかかる年頃で、それも結構プレッシャーでした。

といった感じで、精神的にも肉体的にもずーっとしんどくて。なんかうまくいかないなぁ、人生を変えたいなぁ、なんてぼんやり思っていたんだと思います。

そんなタイミングで、たまたま立ち寄った書店で、中島由美子先生の本と出会ったんです。そして、本の案内からLINE登録したら、講座の案内が送られてきた。それが、由美子先生がちょうど新しく始めたられた講座=VRP(Voice Revolution Program)でした。

私は、学校の仕事に関わること以外は、こういう勉強って、ほとんどしたことがなかったんです。でも、少し視野を広げてみたいって、思い切って申し込みました。2022年4月です。

――ではVRPの一期生なんですね。講座での学びはいかがでしたか?

松原そうですね…。私はそれまで、何か都合の悪いことが起きると、やっぱりどこかで、自分の外側に原因があると思っていたんです。こういう人がいるから、世の中がこんなだから、こんな目に遭う、と。

例えば別れた夫にしても、私は特に不満とか感じていなかったんですが、向こうはいっぱい不満があったみたいで。なんでわかってもらえないの?と、やっぱり自分の外側にうまくいかない原因を探していた。

でもVRPでは、自分の内面と向き合います。内面の思考や感情のクセが、周りの出来事を作っていると考える。それまでの自分には全くなかった発想で、すごく新鮮でした。

教師を辞めるきっかけになった“神セッション”

とはいえ、相変わらず仕事は忙しくて、亀のような遅々とした学びだったんですが…。学び始めて1年ぐらい経ったころ、若い先生が休職して、また私がピンチヒッターで担任に入ることになったんです。それが、ちょうど更年期とも重なって、もう、ほんっとに体がキツくて、もう無理だわ、って思いながらVRPに参加していたら…。講座のあと、由美子先生から連絡が来たんです。大丈夫ですか?私がセッションしますから受けてください、って。

zoom画面に100人近い受講生が並んでいる中で、私の異変を察知して、声をかけてくれたんです。

――うわぁ、すごい。

松原それで声診断をしていただいて、もっと自由な形で教育に携わって、子供達を育てていきたいんじゃないですか、って言われました。

確かに、私はもう次の年は教頭になると決まっていたし、そのコースに乗っかっていけばそこそこ出世はするだろうけれど、もうその先は、教育委員会とか、上の言いなりでやっていくしかない。

その人生でいいの?って思ったとき、ああ、由美子先生のセッション、図星だ、もういいや、辞めよう、って、吹っ切れました。

そして、じゃあその先、何をしようか、って考えたとき、まずは自分が音声心理士になろう、って思って。それで、2024年の音声心理士講座を受けたんです。

――劇的な転換ですね。

松原由美子先生は以前から、声診断を使って教育界を変えていきたい、っておっしゃっていますよね。私、初めてその言葉を聞いたときから、もう、絶対この人についていきたい、って思っていたんですよ(笑)。

だから、音声心理士としての自分はまだまだ未熟ですけど、何か、自分にできることを見つけて、やっていきたいって思っています。

みんなに助けてもらった私だから、できることがある

先日、とても印象に残るセッションがありました。

私と同世代の女性の方ですが、5年ほど前に、弟さんを亡くされたそうで。それが、自死だったというんです。

実は、私自身、妹を自死で亡くしているんです。もう30年も前のことですが。似たような境遇の方がセッションを受けてくださって。これも何かの巡り合わせかな、と。

その方はやはり、弟さんがどうしてそんなふうに亡くなったのか、助けてあげられなかったんだろうか?といったところが、心の奥にすごく引っかかっていらして。でも、そんな思いを口にする機会もなかったから、話せるなんて夢にも思っていなかった、初めて話せました、とおっしゃっていただきました。

――ああー。それは、よかったですねぇ。

松原思えば、私もずっと、妹の話を口にすることはほとんどできなかったです。でもVRPに参加して、受講生同士で心の奥のいろんな話をシェアし合う機会の中で、ほんとに、皆さんのおかげで、ようやく心を開いて、お話しできるようになった、そんな経緯があるんです。

妹が亡くなってからの私は、自分は幸せになっちゃいけない、って決めつけて、ずーっと自分を責めて、生きてきたような気がします。妹があんな苦しい思いをして、もしかしたら今もどこかで苦しんでいるかもしれなくて、なのに私だけ幸せになるなんて、って。

だけど、これは本当に最近のことなんですが、妹だって、生きていて嬉しかった経験や、幸せって思った経験をいっぱいしていたはずだ、って気づいたんです。友達もたくさんいたし、いまだに、毎年、命日に墓参りに来てくれるお友達が何人もいるんですよ。

そんな彼女の人生を、最後の終わり方だけ見てバッテンつけるんじゃなくて、もっと輝いていたところも受け取っていきたい、と。最近ようやく、そんなふうに思えるようになってきたんです。

それで、先日のそのセッションでは、そんな私の経験をお伝えさせていただきました。

――ああ、その方は、松原さんのセッションを受けられてよかったですね。

松原まあ、それは自分ではわからないですけれど。

私自身、皆さんにいっぱい助けていただいたおかげで、いろいろ乗り越えられた、という思いがとても強いです。

やっぱり、人が生まれて生きるっていうことは、ものすごいいろんな影響を、お互いにやりとりしてると思うんですよ。私も、こんな人生になんの意味があるんだろう、なんて思っていたこともありましたけど。みんなものすごく大きなものをもらって、生きてるんだよって、今はそう思えるようになってきたし、それを今度は、自分からも伝えていきたいって思います。

二人の娘と行った韓国旅行にて。韓流ドラマ好きが高じて、念願の現地旅行でした。

――素晴らしいですね。では、松原さんは音声心理士として、これからどんなふうに活動をしていきたいですか?

私、人の人生のお話を聞くのが、すごく楽しいんです。だから、いっぱい喋ってもらって、いろんな人生のエピソードをいっぱい聞きたい。

そしてその中で、その方が傷ついた体験とか、抑え込んでいるものとか、そういうのを吐き出してもらえたらいいな、って思っています。

あと、やはり長年教育に携わってきましたから、教育現場と近いところでセッションしたい、という想いがあります。例えば、親子セッションとか。先生方のセッションとか。あるいは、高校生、大学生ぐらいの若い女の子のセッションにも興味があります。いずれお母さんになっていく若い子達に、命の大切さ、生きていることの素晴らしさを伝えたいです。

――ありがとうございました。